こんにちは、Cherry(小山和宏)です。
前回の記事
【歴史的証言・時計編 第3弾】では、伝統的な時計設計部で私が遺した独自プラットフォームが、仲間たちの手によって「メトロノームウオッチ」や「スピードタイマー」という最高の名機へと昇華されていく、感動の恩返しの物語をお話ししました。
今回からは新シリーズとして、私がなぜ安定した大企業のエンジニアを辞め、ほぼ賛成者ゼロの「乾電池のIoT化」という、誰も歩んだことのない世界へ飛び出すことになったのか。そのすべての始まりとなった、2013年の知られざる舞台裏をお届けします。
1. すべての始まりは2013年10月、嫌々参加した「ヤミ研」だった
時計設計部で充実した日々を送っていた2013年10月、ある男から声がかかりました。移動通信事業部時代に少し手伝った、電子棚札(電子ペーパーの価格表示器)の開発で知り合った企画部門の同僚でした。
「大企業ではなかなか実現できない尖ったアイデアを、業務外で有志と商品化することを目指す『ヤミ研(ヤミ研ワールドカフェ)』を企画したんだけど、小山さんも参加してくれない?」
ソニーなどで実践されている、エンジニアのチャレンジ精神を刺激するコミュニティへの誘いでした。しかし、私はそもそもこうした組織的なオリエンテーションやブレスト的な活動が、昔からどうにも苦手でした。「いや、俺はいいよ」と一度はきっぱり断ったのです。
ですが、彼も諦めません。「どうしても人数が足りないんだ、頼むから!」と熱く拝み倒され、最後は断りきれずに嫌々参加することになってしまいました。
「まあ、一回顔を出せば勘弁してもらえるだろう」
そんな軽い気持ちで出席したのが、私の人生を180度変える、底なしの沼への入り口だったのです。
2. 年末に自宅へ届いたMacと、正月返上のエビアンデモ
参加者の皆さんのモチベーションの高さに感服した一回目の会議はつつがなく終わり、私はこれでもう解放されると思っていました。しかし、二回目の打ち合わせが近づいた頃、企画の同僚がまたしても無茶振りを投げてきたのです。
「一回目で出たいくつかのアイデアを、ちょっとしたデモにして形に見せてくれない?」
当時はスマホとハードウェアを繋ぐ手段として、Bluetooth Low Energy(BLE)がようやく普及し始めた頃でした。スマホ側でBLEが安定して動くのは、当時はまだiPhone(iOS)くらいしか選択肢がありません。
「iOSアプリでデモを作るとなると、開発環境(Xcode)を動かすためのMacが必要なんだよね。でも、俺Mac持ってないからさ。ごめん、作れないわ!」
体よく断る理由ができて心の中でガッツポーズをしていたのですが、その年の2013年の年末、私の自宅に、なぜかズッシリと重い宅配便のダンボールが届きました。
開けてみると、中から出てきたのは、ピカピカに輝く新品の「MacBook Air」でした。
「開発環境、用意したから。よろしく!」という、同僚からの無言の、しかし強烈なメッセージでした。自ら口にしてしまった手前、もう逃げるわけにはいきません。私は「おいおい、しょうがねぇな……」と頭を抱え、貴重な正月休みをすべて返上して、Macに向かってポチポチとデモアプリのコードを書き始めることになりました。

自宅に送られてきたMac
最初に作ったのは、今でいう「アマゾンダッシュボタン」の先駆けのようなシステムでした。水のボトル(エビアン)の残り本数が減ってきたら、BLE開発キット「Konashi」(ユカイ工学謹製)のLEDがピカッと光って買い足しを教えてくれる、という「エビアンストックデモ」です。
出来上がった画面を眺めながら、私は腕を組みました。
「うーん、悪くはない。でも、これじゃあヤミ研をひっくり返すほどのインパクトが足りないなぁ……」
3. プラレールの熱狂と、子供の姿から閃いた「コロンブスの卵」
もっと直感的に、触って一発でワクワクするようなデモはないか。
私は手元にあったBLE開発キット「Konashi」の仕様書を隅々まで読み直しました。すると、パルス幅を制御してモーターの速度などを変えられる「PWM(パルス幅変調)」の出力端子が使えることに気づいたのです。
「スマホからこの出力値を変えられるなら、何か動くおもちゃに載せたら面白いんじゃないか?」
思い立ったら吉日。私は自宅にあった、当時小学生だった息子の「プラレール」を引っ張り出してきました。車両のプラスチックをハックし、Konashiの基板を強引に載せ、スマホからBLE経由でスピードをコントロールできる突貫の「プラレールデモ」をなんとか完成させ、ヤミ研の発表会に滑り込ませたのです。
このデモは、狙い通り「おおお、スマホで電車の速度が変わる!」と会場の大人たちに大ウケしました。
「やれやれ、これで俺の役目は終わったな」
一仕事を終えて家に帰り、当時小学生だった息子に「これ、スマホでスピードをコントロールできるんだよ」と、そのハックしたプラレールを渡してみました。
すると、そこから驚くべき光景が始まりました。
息子はスマホの画面を夢中で操作しながら、プラレールを駅にピタッと「停車」させ、またゆっくりと「出発」させるという遊びを、それこそ一日中、目を輝かせながら何時間も繰り返し続けたのです。
息子が運転手、娘が車掌さん
「発車おーらーい」の声がかわいいよ youtu.be
次もぉ小山駅ぃぃ
チワワも興味津々 youtu.be
「これは絶対に、このままおもちゃとして世に出さなきゃ駄目だ。子供をこんなに狂わせるエネルギーが、このハックにはある」
しかし、現実的な壁がすぐに立ちはだかります。私が作ったデモ機は、プラレールのボディの上に剥き出しの基板が載り、複雑な配線が電池ボックスへと繋がっている、いわば「サイボーグ」のような状態です。
「これを一般の子供が遊ぶ製品にするのは無理だ。お母さんやお父さんに、プラレールの配線を改造させるわけにはいかない……」
どうすれば、既存のおもちゃを一切傷つけずに、誰でも簡単にスマホ連動にできるのか。
プラレールの電池ブタを開けたり閉めたの繰り返しの末、私の脳裏に「コロンブスの卵」のような、とんでもないひらめきが降ってきたのです。
「……待てよ。プラレールをハックするんじゃなくて、中に入れる『乾電池自体』が、スマホから電圧を操れるPWMモジュールになっちゃえばいいんじゃねえか!?」
これなら、おもちゃのネジを外して配線する必要なんてありません。いつもの乾電池をこれに入れ替えるだけで、世界中のすべてのおもちゃが一瞬にしてIoT化する。
サイズは、最も普及している「単三乾電池」。その単三のケースの中に、一回り小さな「単四乾電池」をストンと入れ、生まれたわずかな隙間のスペースに、極小のBluetooth(BLE)モジュールと回路をギチギチに詰め込む――。世界初のIoT乾電池「MaBeee(マビー)」の基本構想が、我が家のリビングで産声を上げた瞬間でした。

左が単三乾電池 右が単四に基板のイメージを張り付けたの図
4. 錦糸町の相棒との秘密基地ハック、そして「動いた!」瞬間の爆笑
構想は完璧でした。しかし、大きな問題が一つありました。私自身はファームウェア(ソフトウェア)の人間であり、回路設計や微小なハードウェアの基板をつくる電子回路の技術は、からっきしだったのです。
「この究極に狭いスペースに、回路を組める男はあいつしかいない」
彼にこの乾電池の構想を話し、私はエンジニアとして、非常に無茶なリクエストを投げかけました。
「普通に単四電池を入れただけの単三BLEモジュールだと、プラレールを使っていない間も電波を飛ばし続けて、すぐに電池がなくなっちゃうんだ。かと言って、子供が遊ぶたびに毎回おもちゃから電池を抜くなんてあり得ない。だから、プラレール側にある物理的な『ON/OFFスイッチ』の切り替えを回路側で自動検知して、おもちゃのスイッチがOFFになったら、BLEモジュール自体の電源も完全にシャットダウンするような、賢い回路を考えてくれないか?」
彼は「相変わらず無茶言うねぇ……」と苦笑いしながらも、エンジニアの魂に火がついたのか、すぐに開発へ没頭してくれました。
当時は今のように、ネットで手軽にきれいな試作基板を発注できる時代ではありません。彼は、生基板を薬液に浸して銅箔を溶かす「エッチングキット」を使い、化学実験のようにして超微細なチップ部品が載る基板を自作しました。外側の単三の形のプラスチックカバーは、まだ黎明期だった光造形の3Dプリンターを使って、秘密基地のような研究室でこしらえたのです。

エッチングで作成した初代基板
数々の微調整を経て、ついに、手作りの「世界初のIoT乾電池」の試作品が手のひらの上に完成しました。単三乾電池と全く同じ形をしたそのプラスチックの塊を見つめたとき、「これは、本当にとんでもないものが出来てしまったぞ……!」と、身体中が震えるようなワクワク感に包まれました。

2代目基板は赤い!! ケースは光造形でつくった
そして、運命のテストの瞬間です。
その手作りの魔法の電池をプラレールにカチッと装着し、私が正月返上で作ったスマホアプリを起動しました。まだ小さな子供でも直感的に操作できるように、画面タップではなく「スマホ本体を前後に傾ける」ことで電圧(PWM出力)が変わるユーザーインターフェースを仕込んでいたのです。
手元のスマホを、そっと手前に傾けてみました。
――ウィィィィィン!!
スマホの傾きと完全にシンクロして、テーブルに組んだレールの上をプラレールが滑らかに走り出し、ピタッと自分の前で止まりました。
その完璧すぎる挙動を見た私たちは、感動を通り越して、思わず顔を見合わせて「ハハハハハ!」と大爆笑してしまいました。
「できた。俺たちのハックで、世界が変わるぞ!」
しかし、このハードウェアの天才と作り上げた奇跡の試作品が、この後、会社を巻き込んだ「大逆風」と、ほぼ賛成者ゼロという過酷な現実の壁にぶつかることになるとは、この時の私たちはまだ、知る由もなかったのです。

ちゃんとプラレールの電池ケースに収められる
原型試作品の完成!!
最後までお読みいただきありがとうございました。
嫌々参加したヤミ研から始まったMaBeeeの奇跡の誕生秘話にワクワクしてくださった方は、ぜひシェアやコメント、下の [ランキング参加中 エンジニアグループ] アイコンをクリックしていいねお願いします!