【歴史的証言・番外編・後編】ソニーMN2の奪取、シリコンバレーの徹夜、そして未来の礎「WIMM Labs」との邂逅

こんにちは、Cherry(小山和宏)です。
前回の記事【歴史的証言・番外編・前編】ソニー「SmartWatch MN2」の衝撃、初めてのAndroid開発とバレンタインの挑戦 では、2012年にソニーが発表したスマートウォッチ「SmartWatch MN2」への焦燥感から、未経験ながら分厚いAndroidの入門書を片手に開発者セミナーへ飛び込んだお話をしました。
今回はその続きです。ソニーからのバレンタインプレゼント(MN2実機)を賭けた開発の結末、そして、私をシリコンバレー、さらには現代のスマートウォッチの「核心」へと導くことになる、奇跡的な出会いのドラマをお届けします。

1. 執念のストア公開、そしてソニーMN2の奪取
セミナーを終えて持ち帰った私は、右も左もわからないAndroid開発の海に溺れかけながらも、必死に一本のアプリを形にしていきました。
目を付けたのは、当時Googleが公式に提供していた「My Tracks」というGPS移動ログアプリでした。このAPIを叩いて、スマホが取得した移動情報や移動軌跡のデータを引き出し、スマートウォッチの画面上にリアルタイムで現在の「速度」などをグラフィカルに表示するアプリです。
不慣れなJavaのコードと格闘し、文字通り寝る間を惜しんで作り込み、なんとか期日までにGoogle Playストアへの正式公開へこぎ着けました。条件をクリアした証として、ソニーからバレンタインプレゼントの「SmartWatch MN2」の実機が手元に届いたときの達成感は、今でも忘れられません。
かつて自分が作ったRuputerの環境とは180度異なる、現代的なAndroidのフレームワーク。しかし、この手元に届いた四角い画面を触りながら、私は「着実に、あのスマートウォッチの時代が再び近づいている」と強く確信していました。
2. 上司からの突然の誘い:シリコンバレーのベンチャー「WIMM Labs」へ
時を同じくして、社内でもスマートウォッチの可能性を検討するプロジェクトが、あちこちの部署で立ち上がっては消えていくような過渡期を迎えていました。そんな中、私のウオッチ事業部への異動が内定します。
すると、Ruputerの開発時代からずっとお世話になっていた、信頼する元上司から驚くべき話が飛び込んできました。
「小山、アメリカのシリコンバレーにあるWIMM Labs(ウィム・ラボ)という凄いベンチャーに行くぞ」
なんとその上司は、当時まだ世界でも誰も注目していなかった、最先端のスマートウォッチ「WIMM One」(※WIMM OneのWikipediaはこちら)を開発していたアメリカのベンチャー企業とのパイプを太くし、一緒に現地へ交渉に行こうと私を誘ってくれたのです。上司が各方面へ色々と動いてくださったおかげで、私は急遽、シリコンバレー行きの飛行機に飛び乗ることになりました。
3. 飛行機内と現地ホテルでの徹夜、そしてソニーとWIMMの「決定的な思想の違い」
「現地での打ち合わせで、こちらの技術力をアピールできるデモアプリを持っていかなければならない」
そう思った私は、先に入手していたWIMM Oneの実機サンプルを抱え、行きの飛行機の中、そして現地シリコンバレーのホテルに到着してからも、打ち合わせが始まる直前まで一睡もせずに徹夜でプログラミングを続けました。
慣れないプラットフォームで、当時の私が持てるすべての力を振り絞り、なんとか「WIMMとSIIのロゴマークが3D(立体的)に切り替わるデモアプリ」を作り上げました。それが当時の私の精一杯の抵抗であり、アピールでした。

WIMM One in band

画像出典:Wikipedia / 写真撮影:Bostwickenator / CC BY-SA 3.0

この時、実機をハックしてデモを作ったことで、私はソニーのMN2とWIMMの「思想の決定的な違い」を肌で理解し、衝撃を受けました。
ソニーのスマートウォッチは、プログラムの実行自体はすべてスマホ(母艦)の中で行われており、時計側には単に描画データを「画像として転送」しているだけの構造でした。
しかし、WIMMのそれは全く違いました。現在のApple WatchやPixel Watchと全く同じように、「時計の内部に本物のOSが乗り、スタンドアロンでプログラムがそこで駆動する」という、本物のウェアラブルPCの思想だったのです。かつて私たちがRuputerで目指した世界が、そこにありました。
打合せを終え、現地でやり遂げた安堵感の中で上司と飲んだ「ワインと蒸しカニ」の味は、格別なものでした。しかし、ビジネスとしてのWIMM Labsとの話は、残念ながらそこから先へと進むことはありませんでした。

フィッシャーマンズワーフ

バター溶かしてガブリつく丸ごと蒸しカニ

これもうまかったアーティチョーク
4. 時を超えて繋がった不思議な出会い
それからしばらくして、WIMM Labsは突如として表舞台から姿を消しました。
当時の私は知る由もなかったのですが、後になって、WIMM LabsはGoogleによって極秘裏に買収されていたことが明らかになります。彼らのエンジニアチームと、私が徹夜でコードを書いたあの「時計単体でOSを動かす技術」は、そのままGoogleへと統合され、のちの「Android Wear(現在のWear OS by Google)」の基盤へと生まれ変わったのです。
今、私たちが街中で見かける多くのスマートウォッチの心臓部には、あの時シリコンバレーで私が徹夜でハックしたWIMMのテクノロジーが息づいています。
1998年に日本でRuputerの開発環境を作っていた私が、時代の巡り合わせでソニーのMN2をハックし、シリコンバレーで現在のWear OSの先祖であるWIMM Oneにアプリを書き込んでいた……。
テクノロジーの歴史の裏側で、点と点が一本の線で繋がっていたのだと思うと、今でもなんとも不思議で、エキサイティングな出会いだったとしみじみ感じます。
(ウェアラブル黎明期を駆け抜けたエンジニアの回顧録・完結)

最後までお読みいただきありがとうございました!
小山(Cherry)が10数年にわたり腕元の未来に魂を燃やしたこの歴史のグラフィティが、現代のエンジニアの皆さんの心に少しでも残れば幸いです。
テクノロジーの最前線でスマートウォッチの未来に翻弄され続けた「番外編」の物語は、ここで幕を閉じます。
しかし、私のエンジニア人生はここから、マニアックなガジェットの世界を飛び出し、ついに「本物の時計づくり」の本流へと舞台を移すことになります。
そこで私を待ち受けていたのは、伝統的な時計づくりの現場に残る「古いアーキテクチャ」との遭遇、そして誰もが知る国民的名作との前代未聞のコラボレーションを巡る、泥臭くも熱いモノづくりの挑戦でした。
伝統の技と先進のソフトウェア技術が交差する、次なる戦いをぜひお楽しみに!
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